快気祝いこそ、一番嬉しい贈り物

兄弟、姉妹、親戚、友人など私ほどの年令になるとケガはともかく病気での入院などが多くなりました。

お見舞いを持って駆けつけますが、症状によっては深刻にならざるを得ない場合も多々あります。

お見舞いは気持ちからのことであって当然お返しの品などその時は考えもしません。

「早く治りますように!」「早く元気になりますように!」ただそれだけの気持ちだけです。

兄弟、姉妹なら情報も毎日入るので症状も熟知出来ますが、遠方の親せきや友人など気になりながらも自分の毎日を過ごすだけで精いっぱいの場合もあります。

そんな時届く「快気祝い」には大げさな言い方をすれば「感動」します。

重い症状であれば尚更です。

くも膜下出血で入院した友人から届いた快気祝いは本当に嬉しいものでした。

快気祝いのそのまたお返しの祝いをしたいくらいでした。

でも何度もお見舞いに行きながら、そのまま還らぬ人となってしまった方も数人います。

50代で癌になってしまった友人の涙が忘れられません。

入院したと聞き、すぐ駆けつけた私に彼女は笑顔で「癌だって」と告げました。

顔は笑顔なのに目には涙が溢れていました。

夫婦とても仲良くて「定年したら日本中を旅行するんよ」というのが夢だったそうです。

私は玄米菜食を実践していて、癌も食事療法で改善できると信じています。

今の医学も進歩したから前のように、「癌=死」ではないと思っています。

以前は患者に告知するのも家族の了解を得てから、だったと思います。

今は即、告知されるようです。

疲労と思って入院したら、主治医からいきなり「癌です」と言われ、それこそすごくショックを受けたと、あとで笑いながらダジャレ混じりに話していました。

「治る見込みがあるから告知もされるのよ」と、私は言いました。

本当にそう思っていました。

しばらくは元気でしたが、そのうち見舞いのたびに黄疸が出て顔色が黄色みを帯びてくるのを見るのがつらかったです。

最後に見舞ったとき「もうだめよ。

自分でわかる」と言いながら涙を流した顔が忘れられません。

最後まで残されるご主人の心配をしていました。

その2日後、娘さんから亡くなったとの連絡を受けました。

彼女からこそ快気祝いをもらいたかった・・・今でもことあるたびに当時のことを思い出し、いつか来るであろう自分の最期を考える機会が増えています。